※映画『インターステラー』の終盤の内容に触れています。
僕には、なす先生という25年無職の友人がいる。頻繁に宅飲みをする間柄だ。先生の生活は、だいたいイオンと酒とYouTubeでできている。YouTubeでは「金八先生」「北の国から」「全日本プロレス」を繰り返し見ている。
そんな先生に、映画を見て思ったことを話してみる。
すしや(僕)「先生、インターステラーって見たことある?」
なす先生「ねー。宇宙のやつか?」
すしや「そう。あれ見て思ったんだけどさ、俺ら、もう夢叶えてるんだよな」
なす先生「何がよ。俺、何も叶ってねーぞ」
すしや「まあ聞けって」
自分が救った未来に、自分の居場所がない
すしや「主人公のクーパーがさ、家族を残して宇宙に行くんだよ。人類が生き延びるために。娘のマーフも地球で頑張って、最後には未来がつながるわけ」
なす先生「よかったじゃねーか」
すしや「そうなんだよ。でも、クーパーが戻ってきたときには、自分が生きてた時間はもうないの。子どもと一緒に過ごすはずだった日々は、とっくに過ぎてる。助かった世界では、もう次の世代が暮らしてるんだよ」
なす先生「宇宙行ってる間にな」
すしや「そう。自分たちが命懸けでつないだ未来なんだけど、そこはもう、自分の時代じゃない。その中で暮らしてる人たちはさ、普通に生活してんの。俺、そこ見て、ああ、これ俺らじゃんって思ったんだよ」
なす先生「俺ら宇宙行ってねーべや」
すしや「行った方じゃねーよ! そのあとで普通に暮らしてる方!」
先生は酒を飲んでいる。
すしや「今のこの世界ってさ、過去の人がどれだけ願った世界なんだろうなって。子どもにはひもじい思いをさせたくないとか、戦争で死んでほしくないとか。もっと自由に生きてほしいとか。そういう思いで人生使ってきた人が、ものすごい数いたわけじゃん」
なす先生「まあ、いたろうな」
すしや「俺ら、その人たちがつくろうとしてた未来で、酒飲んでんだよ」
エジソンが明かりをつけて、先生は蛍光灯を替えない
すしや「例えばエジソンな。仲間と電球を実用的なものにして、街に電気を届ける仕組みまでつくったんだぞ。光りました、すごいでしょう、で終わらない。実際に人が使えるところまで持ってったんだよ」
なす先生「エジソンはすげーさ」
すしや「すげーよ。まだできてないものを、本当にできると信じて進めるんだぞ。俺らは出来上がったものを見てるから、電気くらい普通だと思うけどさ。そこに行くまでに、どんだけうまくいかない日があったんだろうな」
なす先生「俺には無理だなー」
すしや「俺だってできるとは思わんよ。でも、その情熱の先に今があって、俺らスイッチ押すだけじゃん。先生が夜中に金八先生見られるのだって、そういう人たちから、ずっと技術がつながってるからだぞ」
なす先生「あれはいいんだー。何回見てもよー」
すしや「金八の感想は聞いてねー。で、先生、台所の蛍光灯は買ったのか?」
なす先生「買ってねー」
すしや「そこまではエジソンもやってくれないからな」
なす先生「流しの電気つくから大丈夫だ」
発明から電気の供給まで来た。けど台所の電気はつかない。最後の買い替えで止まっている。
自分が見られないかもしれない未来に、命を懸ける
すしや「キング牧師だってさ、自分の子どもが肌の色で決めつけられない未来を夢に描いて、それを演説で語ったんだよ。熱い演説だぜ、民衆を巻き込む力がすごい。「アイハブアドリーム!」ってな。使命感だよ、子どもがこれから生きる世界を、このままにしておけないっていうさ」
なす先生「殺されたんだべ?」
すしや「そう。暴力にさらされても非暴力で運動を続けて、最後は暗殺された。自分が望んだ未来を、全部見届けることはできなかったんだよ」
すしや「俺には、その切実さを全部分かるなんて言えないけどさ。それでも変えたいって、どれだけの思いなんだろうな。自分の人生の先にも、人が生きていくことを本気で考えてたんだと思うんだよ」
先生はつまみを食っている。聞いてはいるらしい。
すしや「坂本龍馬も、あんな動乱の中で同志と会って語り合い、藩を越えて動いてたんだぞ。薩摩と長州をつないで、大政奉還に向けても奔走した。でも、新しい時代を生きる前に殺されちゃうんだよな」
なす先生「俺なら家にいるな」
すしや「知ってるよ。けど龍馬は行くんだよ。立場の違う人と会って、この国をどうするかって話をする。武力でぶつかろうってときに、大政奉還という道を進めようとする。あの時代のその情熱を俺は感じざるを得ない」
すしや「もちろん、その後も戦争はあったし、龍馬が今の平和を全部つくったって話じゃないぞ。でも、こういう人たちが、自分の人生使って時代を動かしてきたわけじゃん。自分がその先を生きられる保証もないのにさ」
なす先生「大したもんだ」
すしや「うん。大したもんだ。先生は銀だこすら買わないけど。本当に。で、その先に俺らがいるんだよ。」
夢がないって言うけどさ
すしや「現代はさ、その人たちの貢献もあった成熟された社会で、夢がないとか、目標が見つからないとか、そういう生きづらさを抱えた人がたくさんいるじゃんか。何かやらなきゃ、自分には何もないって。俺もそうなんだけど。でも俺、あの映画見て、ちょっと待てよって思ったの」
なす先生「俺も別にねーな、目標」
すしや「先生はずっと探してもいないだろ。俺が言ってんのは、見つからなくて自分や世界を嘆いてたり、悲観的に生きている人たちの話な。自分の夢がなくても、何も持ってないわけじゃないんだよ。誰かがどうしても叶えたかった暮らしを、もう生きてるかもしれないんだよ」
なす先生「じゃあ、いいんだな」
すしや「何が」
なす先生「俺、このままで。もう夢叶ってんだろ?」
すしや「そこだけ持ってくな!少しは何かしろ!」
先生は、自分に都合のいいところは理解が早い。
すしや「無理やり目標つくれって話じゃないよ。たださ、こうして明日のことを考えられる毎日を、どれだけの人が欲しかったんだろうって。」
すしや「今も戦争や差別はあるし、今日を生きるのに精いっぱいの人もいる。全部よくなったなんて思わない。でも、俺らが受け取ってるもの、あらためて考えてみーや」
なす先生「まあなー」
すしや「自分の子どもには幸せになってほしいとかさ。自分みたいな苦労はしてほしくないとか。そういう願いが、何代も何代も前からあったんだろうなと思うと。周りの全てのことに、ありがとうと思わないか?」
なす先生「なんだかわかんねーけど。すしやよー、これ食ってみ。チャーハン。イオンのやつ」
すしや「今その話かよ!」
なす先生「うめーぞ」
先生には響かなかった
まー、先生には響いていない。すごい人がいた。それは分かった。チャーハンがうまい方が、今は大事なのだ。
別に先生を宇宙へ送り出したいわけじゃない。あまりに何もしない、考えない先生に小さな刺激を与えようとした。この不平等がなく自由で食うものにも困らない現代社会で、俺らある意味すごいところで生きてるんだなって。
僕はやっぱり、あの場面を思い出すと胸が熱くなる。未来をつないだ人と、その未来を生きる人。同じ時間を生きられなくても、その人の願いの中で、次の誰かが暮らしている。
僕らはもうすでに夢を叶えている。そう思うと、僕はこの人生を、もう少し貴重に考えて生きたくなる。まだ知らないものを見たいし、会いたい人にも会いたい。自分にも何かできるなら、やってみたい。儚くとも、こうして自分の人生を歩める。
すしや「先生、まあ一回見てみ。インターステラー。まじでグッとくるシーンがあるんだよ最終盤で、やばいぞ」
なす先生「長いのか?」
すしや「長めだな」
なす先生「じゃ、いいや。金八見る」
すしや「そっちは何回でも見られるんだな!」
結局、先生は映画も見ないらしい。
すしや「せめて蛍光灯は買ってこいよ」
なす先生「あめーっ、流しの電気つくっつの」
そこは最後まで変わらなかった。